母が教えてくれたこと

2016.05.18
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From:藤井百七郎
福岡に向かう新幹線より、、、
 
 
そういえば、
先週の日曜日、5月8日は母の日でしたね。

もう亡くなって30年経ちますが、
こんなときはふと母のことを思い出します。

私と母は、貧乏な母子家庭で
石川県で暮らしていました。

母は、病院の掃除の仕事で
住み込みで働いていました。

住み込みなので家賃こそかかりませんでしたが、
お金がないのは子供の目でも明らかでした。

だから、あまりおねだりもできませんでした。

中学のとき、野球部の同級生は
皆ユニフォームを着ていましたが、

私だけ学校のジャージのままで我慢しましたし、
回転すしに行っても、高い皿はとりませんでした。

せっかくの外食でも、皿の色と、親の顔色を
気にしながら食べたので、
食べた気がしなかったものです。

ここまでつらつらと振り返ってきましたが、
私の株はこのころのコンプレックスが
ルーツなのかもしれないと思います…(^^;

母は昭和の強い女性の典型で、
お金がなくても、いつも気丈に明るく振舞っていました。

そんな母は周りの人たちからの人望も厚く、
「ねえさん」と呼ばれていました。

亡くなったのは34年前、私が高校2年の時です。

翌日に町内の盆踊りで歌うことになっていて
「どれ歌おうかな〜」が最後の言葉でした。
 
 
バタンと倒れてそのまま。脳卒中でした。
 
 
人の最後って、あっけないものだなと思いました。

古いタイプの苦労人だった母は
ほんとうに厳しい人でした。

何か悪いことをすると、ひっぱたかれたし、
ずっと廊下に立たされたこともありましたが、
いつも私を応援して励ましてくれた。

何より、母の教育方針は
とてもシンプルで一貫していました。
 
 
「お前はやればできる」と、
 
 
一貫してずっと私に言っていたのです。
何を教わったかというと、これしか思い出せません。

私が野球をやってるときも、
テストを受ける前も、
ギターを始めたときもずっと、

お前はやればできると言ってくれたのです。

今思えば、
ずっとこの言葉に支えられて、
色々なことができたと思います。

もちろん、株もそのひとつです。
私は特別に才能があるタイプではありません。

でも、この「お前はやればできる」の言葉に支えられて、
ある意味乗せらて頑張り続けられたと思います。

株に限らず、途中で自信をなくして辞めてしまう人は多いです。

それも、大して大きな失敗ではなく、
小さな小枝につまずいて徐々に自信をなくていくパターンです。
 
そんな人に言いたい。
 
 
誰だって自信をなくすことはあります。
 
逆にいつも自信がある人はいません。
 
ですが、やめなけば絶対に勝てるようになります。
 
自分で自分にこう言いきかせてみてください。
 
 
 
「私はやればできる」と。
 
 
 
実際に周りをよく見渡してみて下さい。

今成功している人の誰もが自信をなくしたことあることを。
それでも、がんばってきたことを。

あなたにだってできす。

あなただって、やればできるんです。

自信を無くしてどん底に思えるときが、
再出発に一番ふさわしいところです。

「他の人だって出来たんだ、
自分もがんばればできる!」と自分に言いきかせて
がんばってほしいです。

今日も明日も!

藤井百七郎


コメント

母が教えてくれたこと」への5件のフィードバック

  1. fuji

    職場で泣いてしまいました
    お母様、きっと立派になられた藤井様を天国で見守っていて下さると思います
    私も諦めないで頑張ります

    返信
  2. 竹本京子

    お母様の事
    愛しておられるのね
    きっと、今の成功の裏に母の教えがあるのね
    家など、一人息子を大人4人で甘やかして
    ハングリー精神欠如です
    これからの人生が辛い事でしょう
    藤井先生の事が更に好きになりました(^_−)−☆

    返信

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